無線従事者免許証、第1級総合無線通信士とは、そして海保の思い出
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ホームページのプロフィールに記している、第1級総合無線通信士について記してみたいと思います。昭和62年に取得した資格です。まだまだ役に立つこともあります。そう当時は、郵政大臣から免許をいただいておりました。
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資格の名称が変わりました。
写真にあるとおり、この資格を取得した当時は、「第1級無線通信士」という資格名称でした。当時は、まだモールス無線電信での通信が当たり前に行われている時代で、インターネットも携帯電話も無い時代でした。 私が初めて一人暮らしした時は、自宅に電話がありませんでしたからね。海上保安庁に勤務していましたので、当然緊急出港ということもあった訳ですが、職場の先輩に呼び出しに来てもらっていました。その後モールス無線電信が廃止され、海上における通信は、デジタル方式や、無線電話通信に移行されました。そしてそれに伴い新たに、「海上通信士」というモールス無線電信の送受信技術を必要としない資格が登場し、私が取得したモールス無線電信もできる通信士の資格は、「総合通信士」という名称に変わりました。要するに資格名称が、「第1級無線通信士」から「第1級総合無線通信士」と名称が変わった訳です。あっ写真は、23歳の私です。無線従事者の免許証は、写真が変更できませんので、、、、、。

いつ、モールス無線電信が廃止になったのか
1999年2月1日、モールス無線電信による海上安全情報の提供や遭難通信などが、国際条約で廃止されました。それに伴い海上保安庁でも、モールス無線電信の取り扱いは、全て廃止となりました。私がこの資格を取った頃は、まだモールス無線電信でのSOSも発信されていましたし、そして幸か不幸か私は、モールス無線電信によるSOS遭難通信を取り扱った経験があります。恐らく今の現役の海上保安官で、モールス無線電信によるSOS遭難通信を取扱ったことがある職員は居ないと思います。

第2級陸上無線技術士の資格も
実は、第1級総合無線通信士の資格があれば、第2級陸上無線技術士の資格の操作範囲のこともできます。コミュニティFM放送局などの無線従事者としても選任していただくことが可能です。それと去年このブログでも記しましたが、この資格を持っていると、工業高校の教員免許をいただくことができます。そんなこともあって去年教員免許を取得しました。まぁ、これで放課後等デイサービスの児童指導員ができますしね。こんな話を顧問先のお客様へすると、「うちに来て」と言われますが、体は一つですからね。
東日本大震災当時は、情報通信課長でした。
海上保安庁に勤務している時は、横浜の第三管区海上保安本部の情報通信課長などを経験させていただきました。そこでは、管内の無線局の管理ということで、無線局申請事務や保守整備を担当してました。勿論、無線局の申請事務では、総合通信局とも折衝などしていましたね。当時の思い出としては、やはり東日本大震災を経験したことでしょうか。あの時は、本当に完徹で仕事をやりましたね。当時は、被災地第二管区海上保安本部(宮城県塩竈市)と海上保安庁本庁(霞ヶ関)との間の通信回線が、第三管区海上保安本部管内を経由していましたので、その回線をなんとしても維持しなければならない状況でした。当然通信施設の電源は、地震発生直後から停電状態で、非常用発電機での運用となっていました。いつ回復するか見通しのたたない電源、ましてや計画停電もありましたからね。担当職員と「あと何時間燃料持つ?」というやり取りをしながら、非常用発電機の燃料の確保に苦労した思い出があります。なんとか燃料を確保でき、職員を派遣することはできても、宿が中々手配できなかったりと、、、、。まぁ、結果的になんとかこの回線を維持することができたのは、本当に良かったなぁと思っております。こんな経験が、障がい福祉サービス事業所のBCPの作成に役立っていますね。
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